掲載紙:女性自身
日付または号数:1985年9月19日号
主題:アグネス・チャン「日本人との忍ぶ恋」ついに実る!
副題:なし
本文: 昨年の誕生日にアグネスはこういった。「お友だちのケント・ギルバートさんはワイングラスをペアでくれました。日本でいうと夫婦茶碗。来年はぜひ、このグラスを使って、誰かとふたりっきりで乾杯したいね」―――そして今年は、誕生祝いを1か月のばした。

 このところ、歌に、ドラマに、キャスターに大活躍のアグネス・チャン(30才)が元渡辺プロダクション社員で担当マネージャーだった金子力(31才)と結婚を前提に交際中だという。
 アグネスは、満30才の誕生日を迎える前日の8月19日、香港へ里帰りした。
 香港では、”美美”の愛称で親しまれている彼女は、現地記者から結婚問題で取材をうけて、
「ママが毎年、男友だちを紹介してくれるの。もう5人以上つきあったけど、結末はいつもダメ。だって、忙しくて、おつきあいするひまがないんですもの」
 などと語っていたが、じつはこの里帰り、金子さんとその両親を香港在住の母、陳彭端淑さんに紹介するためだったのだ。
 でかけた日は未確認だが帰路、8月23日、香港発の東京行き日航64便の乗客名簿には金子力さんとその両親、春吉・久良子夫妻の名があった。
 金子さんは、アグネスのマネージャーにとなって約3年だが、去年のNHKの大河ドラマ『山河燃ゆ』にアグネスを出演させて、女優としての声価を高めたり、フジテレビの『なるほど!ザ・ワールド』の司会などで、アグネスの新しい魅力を開花させた名マネージャーとして知られている人だ。
 アグネスにとっては、たいへん頼りになる人であり、仕事の接触のなかで、愛が深まっていったようだ。
「じつは、金子さんは横浜市に家も新築してるんですよ。もちろんアグネスとの新居を考えてのことでしょう。今年いっぱいには完成する予定のようです。
 金子さんは7月いっぱいで渡辺プロをやめてます。
 理由は新しい職業に就くからとのことですが、もちろん、アグネスとの結婚に備えてです。タレントとマネージャーのままではさしつかえがありますからね。

 現在、アグネスには新しいマネージャーがついて、金子さんといっしょにあいさつまわりをしていますが、その引き継ぎがまだ完了しないうちにマスコミに騒がれると困るので、話を内密にしてきたんですよ」(金子さんの友人の話)
 金子力さんは、昭和29年3月17日、横浜市生まれ。
 早稲田大学を卒業して、渡辺プロに入社。
 最初、担当したのが、沢田研二の宣伝で、これを4年間やったあと、速水陽子のマネージャーになっている。
 プライベートでは、このころ、ある女性と結婚したが、うまくいかずに離婚。
 しかし、約3年前、アグネス・チャンの担当マネージャーになってから、金子さんは水を得た魚のように生きがよくなり、アグネスの新生面を切り開くのに、みごとな才腕をみせた。
「ほんとに彼は、アグネスという新しいタレントを得て心機一転したわけですよ。もともと、猪突猛進というか、いいだしたらきかないところがある人なんですよ。そういう性格だからこそ、結婚へと決意したんですね」
 前出の友人はそういう。

 
国境を越えたアグネスの彼への熱愛

”永遠の少女”のようだったアグネス・チャンも、いよいよ結婚を迎えることになりそうだが、昨年7月、アグネスは本誌連載エッセイでこう書いている。
《まだ独身というのはつらいですね。本人がなんとも思わなくてもまわりの人たちがあせってしまうのね。とくに親ときょうだいはうるさいですね。なんとかしていい人をみつけてきて、紹介したがるのです。
 家のルートで紹介された人は6人、友だちから紹介されたのは4人、自分でアタックしてくれた人はゼロ。なんと寂しい話でしょう》
 と嘆いたうえで、こんな結婚観を書いている。
《まず日本の友だちは、だいだいみんな、結婚=幸せと思っている人が多いですね。結婚前はひとつの人生、結婚したら別の人生。
 結婚したら、もう仕事はやめて、おとなしく家でいいお嫁さんになる。自分が我慢さえすれば、なんとかなると思うんですね。
 私は日本の女性ではありませんが、もっと別な女の生き方があるのではないかと思います。
 香港の女性は、結婚してもしなくても、自分は自分。仕事もやめません。 結婚することは幸せかもしれませんが、責任もふえれば、うるさい親戚もふえるということです。ふたりの世界ではなく、ふたりが世界にたいして闘っていくということですね。
 妻は夫の都合のいいものではなく、人生のパートナーなんです》

 そんな結婚観をもっているアグネスは、もっともよき人生のパートナーとして、金子さんを選んだのだろう。
 アグネス・チャンは昭和30年、香港生まれ。本名・陳美齢。
 兄ひとり、姉ふたり、弟ふたりの6人兄弟。
 香港で、少女歌手として名をあげ、昭和47年秋、『ひなげしの花』でデビュー。51年夏、突然、日本の芸能界を去るかたちで、カナダのトロント大学に留学した。2年後、日本へ帰ってきて、『アゲイン』でカムバックしたが、そのとき22才のアグネスは、10年後の自分の姿をこう描いてみせたものだった。
「10年後の私は、ふたりの子供に囲まれたママになってるわ。だから、26才で絶対、結婚するの!」
 だが、その夢ははたされないまま20代は終わり、30才の誕生日を迎えてしまった。しかしいま、金子力という愛する人を得て、もうゴールは見えている。
 アグネス家と金子さんの仲が急速に深まったのは、彼女の半生を番組にしたNHK特集『帰ってきたツバメ』の中国ロケだった。その番組のロケで、アグネスに同行した母親の陳彭端淑さんは、金子さんの仕事ぶりをつぶさに美て、理解を深めたのかもしれない。
 番組のロケは合計3週間、陳彭端淑さんの故郷・貴州に2週間、北京首都体育館でのチャリティーコンサートを開くために北京に1週間――アグネス母娘、とくに彭端淑さんと金子さんのあいだに、親密感が増していったのだろう。
 父・陳燧棠さんは、アグネスがカナダに留学中の、昭和52年3月14日に亡くなっているが、当初、母・陳彭端淑さんは、アグネスと金子さんの結婚に消極的だった。
 お母さんは、アグネスの結婚相手は、中国人で、経済的にもゆたかな男性を望んでいた。

 しかし、愛は強く、さまざまな障害を乗り越えた。
 アグネスと親しい、フジテレビのプロデューサー・王東順さんがこういう。
「ぼくは今年の5月に、アグネスと結婚の話をちょっとしたんです。結婚願望はかなり強いと感じましたね。
 金子さん? ウーン、仲のよさは知ってましたが、恋愛といった面は気づきませんでしたね。ただアグネスにとって、いちばんの理解者であることはたしかですね
 たしかにアグネスは、いままで家族をたいせつにしてきたし、中国的なモラルも身につけている。恋愛と結婚は別、といった当世風な生き方はできないタイプだ。恋はそのまま結婚に結びつく。
 六本木のお好み焼き屋”ドヴァン・デ・ペーテーテー”などでもスタッフを交えたふたりが目撃されている。
 金子さんの友人がそっと教えてくれた。
「8月20日がアグネス・チャンの誕生日だったんですが、そのとき彼女は香港に行っていたので、9月下旬、ひと月遅れの誕生パーティーを開くんですよ。ひょっとして、おめでたい発表があるかもしれません」
 それを裏づける友人のたちの証言もある。
挙式の予定は来年1月ごろとなるようですが、これはアグネスのスケジュールで1月が都合がいいからです。すでに渡辺プロダクションの渡辺晋社長の同意も得ているるようですよ」
「ちょっと少年っぽい気持ちをもっている人がいい」
 といっていたアグネスだが、金子さんはそのタイプ。
 来年そうそうには、どうやら、アグネスの花嫁姿が見られそうだ。